水. 2月 11th, 2026

――ノーマルタイヤで亀石峠を越えた日

2月8日、日曜日。高市自民党が圧勝した日(前日投票済)
正午ごろ、亀石峠の手前あたりから、急に景色が消えた。
ホワイトアウトに近い状態だった。

伊豆半島で、ここまでの雪は珍しい。
正直に言えば、油断があった。
ノーマルタイヤだったが、
「峠を越えてしまえば海側は雪がない」
そう信じていた。

伊豆で雪に足止めされる。
その発想自体が、どこか現実感を欠いていた。


亀石峠、下りの判断

峠を越え、下りに入る。
途中、スタックしている車を何台も見た。
だが、こちらにも余裕はない。
救助できる状況ではなかった。

そして、目の前に止まっている車を避けようとして、
急ブレーキを踏んだ。

その瞬間だった。

ポルシェ・カイエンの自重が、そのまま裏目に出た。
ハンドルが効かない。
滑り出した車体は、コントロールを失ったまま前へ流れ、
前の車に軽く触れて止まった。

幸い、衝撃は小さく、
どちらの車にも傷はなかった。
急いで車を降りて謝罪すると、
相手は人の良さそうな年配の男性で、
「大丈夫ですよ」と言ってくれた。

その一言で、張っていたものが切れた。


正午、内見中止の連絡

車は、完全にスタックしていた。
心が折れ、JAFを呼んだ。正午だった。

その直後、不動産屋の担当から電話が入る。
みのりの村の別荘は、
雪のため近づくことができない。
現地の管理センターから連絡があったという。

内見は中止。
それに対する落胆は、不思議と小さかった。
この時点では、
帰れるかどうかの方が、はるかに重要だった。

JAFは混み合っており、
向かえるようになったら連絡する、という話だった。


待つという選択

16時。
前の車の男性は、峠に車を置いたまま、
箱根ダイヤランドの自宅に電車で帰るという判断をした。

その男性に対して、
申し訳なさもあった。
だから、その場を離れずにいた、というのも正直なところだ。

2km先の宇佐美駅に向かう男性に挨拶をして見送った。
こちらも判断の時
JAFは来ない。
いつ来るかも分からない。
翌日は月曜日。
やるべき仕事が山ほどある。

決断が必要だった。


四駆を信じる

ノーマルタイヤではあるが、四駆。
意を決して、自力脱出を試みる。

この間、約4時間で積雪は20センチほど増えていた。
何度も横に流されそうになりながら、
慎重に、慎重に動かす。

そして、なんとか脱出できた。

JAFをキャンセルし、
自走で帰る判断をした。


構造的欠陥としての135号線

峠を降りても、事態は改善しなかった。
雪のため、高速道路はすべて通行止め。
東京へ向かうルートは、国道135号線しか残っていない

伊豆半島という土地の、構造的な弱点だ。

17時に宇佐美を出て、
20時に熱海に到着。
熱海には、ほとんど雪がなかった。

ここでようやく、
落ち着いて食事を取ることができた。

21時。
熱海ビーチラインを順調に抜け、
湯河原へ。

だが、何かがおかしい。


真鶴で詰まる

湯河原から先、
車がまったく進まなくなった。

スタックしたトラック。
家族総出で車を押すFR車。
登坂で前輪が空転し続けるFF車。

1時間待って、500メートル進む。
そんな状態が続く。

23時、真鶴駅前の駐車場に
空き1台分を見つけた。
一瞬、躊躇した。
その間に、反対車線から来た車が入り、満車になった。

ここで車を置き、
終電で帰る選択肢もあった。

今でも、少し悔やまれる。


夜が明ける

徹夜で走り、
午前6時、
ローソン西湘江之浦店でトイレ待ちの列に並ぶ。

8時、小田原。
ここで車を置く選択もあったが、見送った。
荷物もある。
車で帰ろう。

だが、国道1号線がまったく動かない。

10時、
鴨宮の24時間800円の駐車場に車を入れ、
必要な荷物だけ持ってJRに乗った。

14時半。
大幅に遅刻して出社した。


後日談

2日後、10日の仕事帰り。
21時40分のロマンスカーで、
愛車を迎えに行った。

それで、この一日は、ようやく終わった。


結び

準備はしていたつもりだった。
前日入りもした。
温泉にも入った。

それでも、
自然には勝てない日がある。

ただ一つ確かなのは、
判断をやめなかったことだけだ。

この日の伊豆は、
温泉の話でも、
不動産の話でもない。

判断の耐久テストのような一日だった。

そして、
それでも人は、
ちゃんと帰ってこれる。

※このあと伊豆半島の交通構造を探ります。

※このあと伊豆半島の交通構造を探ります。

投稿者 k.hayama

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