私は1週間がむしゃらに働いて、週末はいつも自分のために夜更かしと決めている。
まずは近所のコンビニに行って夜食を買い込むのが、ささやかな儀式だ。
東新宿駅前のセブンは、外国人客が多い。店員もほぼ外国人。オーナー店長とは顔見知り。
フィリピン出身のホセ君――日本語学校に通う10代のアルバイト――が、私がオーナーの知人と知ってて、いつものように明るく声をかけてくる。スペイン系の顔立ち。
「葉山さん、また夜更かし? 仮想通貨でもやってるの?今日もスムージー買ってく?」
彼はおどけた顔で言う。
「ワタシね、バイトで貯めたお金で2年前にビットコイン買ったんだよ。そしたら4倍になったよ。
それを元手に日本の株を買ったら、今度は2倍。気づいたら300万円が10倍さ。日本はいい国だね」
脳から口に直結しているようなおしゃべり。止まらない。
「そ、そうなの? 10倍はすごいね、ホセ君。もうバイトしなくてもいいじゃん」
驚いてみせると、彼は怪訝な顔で笑った。
「ワタシ、仲間、みんなそうだヨ? 葉山さん、驚くことかい?」
その無邪気さと若さに、どこか眩しさを感じた。(投資なんて、うまくいくときもあるが、どーせ長くは続かないさ)
—
日曜日。
家内を連れて、渋谷・宮益坂の分譲マンションのモデルルームを見に行った。
開発は「オペンホウセ」――不動産転売の総元締のような会社。
業界に「専任返し」という言葉まで流行らせた、勢いのある会社だ。
今どき三つ揃えのスーツを着たメガネ課長が応対し、アンケートを書きながら調子よく会話が進む。(お前は正直不動産のミネルバの神木(ディーン・フジオカ)か!)
予算の欄に「7,000万円」と記入した途端、ディーン・フジオカの伊達メガネが一瞬キラリと光った。
「葉山さん、申し訳ないが、私はこのあと本社で会議が……」
ディーン・フジオカは席を立ち、代わって新入社員の板橋君が現れた。
無駄に童顔で、デブマッチョな体格、サカゼンの4Lの吊るしのスーツが悲鳴を上げている。
「初めまして! 日大ラグビー部出身、板橋でーす!新人っす!」
「葉山さん、残念ですが、このマンションには7,000万で買える部屋はもうありません」
その言葉の後、「どうします? モデル観ます? それともお帰りになります?」という沈黙。・・・童顔のおちょぼ口が小さく動く「か・え・り・ま・す・か?」(おいおい最後の方は口に出ちゃってるよ)
接客ブースの奥のほうではディーン・フジオカが、既に別の客に笑顔を向けていた。(お前も本社で会議じゃねーのかよ)
一応モデルルームを見学したが、童顔デブマッチョは「ご自由にどーぞ」と言ってついてこなかった。販売センターを出ると、家内がつぶやいた。
「失礼な会社ね」
普段おとなしい彼女が、珍しく声を荒げた。
心がない会社。きっと社員も長続きしないし、マンションも売れないだろう。
そう思うことで、なぜか少しほっとする自分がいた。
—
何ヶ月か後。
私はまた、コンビニにいた。
「葉山さん、今日もスムージーですか?」
ホセ君が、いつもと同じ調子で話しかけてくる。
だが、話の中身はまるで違っていた。
「ワタシ、株の儲けでドルとポンドを買ったんだけど、高市さんが女性初の総理になったおかげでね、ものすごく跳ねあがったよ。貯金が一億円超えたよ。
いま、セブにコンビニを出す準備してるんだ」
私は笑ってスムージーを受け取った。
スムージーのマシンには今日も外国人観光客が並んでいた。こころなしか行列がいつもより長い気がした。
「ホセ君、出世したね」
「うん、かけもちのバイトでオペンホウセの営業マニュアル読んだんだよ。『買わない客に時間をつかうな』的な、タイパの話のやつね」
オペンホウセの荒牧社長はすごいよ。朝礼とかマニュアルがね。
──なるほど、日本の未来は、既に売られていたのかもしれない。
